Column

2022.6.20

コラム第一回 川上御前は日本で唯一の紙の神様ではない?

このコラムは「越前和紙の歴史に関わる事柄について、今一度改めて見直す」という趣旨で連載して行きます。
第一回は、「川上御前は日本で唯一の紙の神様」という表現について見直して行きます。

○ はじめに・越前和紙の始まり
 福井県越前市五箇地区は越前和紙の産地で、その歴史はおよそ1500年前から始まるとされています。1500年という数字の拠り所は五箇地区と岡太(おかもと)神社に言い伝わる川上御前の伝説です。
 伝説ではおよそ1500年前、男大迹王(をほどのおおきみ・後の継体天皇)が越の国・越前地方を統治していたとされる5世紀末頃、岡太川に美しい女性が現れ、村人に紙漉きの技術を丁寧に教えました。喜んだ村人がその名をたずねると、「この川上に住む者」とだけ答え、姿を消してしまいました。村人はこの女性を川上御前と崇め、紙祖神(紙の神様)として岡太神社にお祀りしました。


○ 唯一の紙の神様ではない?
 現在越前和紙を紹介する多くの映像メディア類・出版物・パンフレット・webサイトなどでは、川上御前は「日本で唯一の紙の神様」と紹介されています。しかしながら、川上御前を祀る岡太神社・大滝神社の由緒看板や公式パンフレットには「日本で唯一の紙の神様」とは謳われていないのです。
 さて、結論から申し上げましょう。

 川上御前は「日本で唯一の紙の神様」ではありません。

 越前以外の和紙産地にも紙祖(もしくは紙の神様)は存在し尊ばれています。その紙祖は、紙の神様・水の神様・楮の神様・その産地に紙漉きを伝えた人物など、産地によって様々です。
ではなぜ「日本で唯一の紙の神様」と紹介されていたのでしょうか…。実は「唯一」には違う意味が有りました。この違う意味の「唯一」は、長い年月を経るうちに解釈に変化が起きてしまった、と推測します。


○ 数ある紙祖の中でも「唯一」、国家機関に祀られた川上御前
 前置きとして紙幣用紙と越前の関係を説明いたしますので少々お付き合いください。
 現在の紙幣(お札・日本銀行券)は官営機関の国立印刷局で作られています。明治大正時代には紙幣用紙を作る工場は大蔵省紙幣寮抄紙局(しょうしきょく)、大蔵省印刷局抄紙部(しょうしぶ)という名称で東京の王子に有りました。明治8年(1875)、国産紙幣用紙の開発にあたり越前五箇から紙漉工が募集されます。紙幣寮抄紙局に迎えられた紙漉工は現地の局員と共に研究を重ね、現在の紙幣用紙に繋がる紙幣用紙抄造技術の礎を築きました。
 紙漉工が募集されてから48年後の大正12年(1923)、当時なお越前五箇と印刷局抄紙部の交流があり、抄紙部側からの御分霊の勧請(かんじょう)を受け、抄紙部構内の飛鳥稲荷社に川上御前の御分霊がお祀り(合祀)されます。

 印刷局は当時の製紙業界において国内最高峰の技術機関であり、明治から大正時代にかけて洋紙業界・和紙業界は印刷局による製紙技術教習所設置による恩恵、そして抄紙部と民間業者の官民交流のもと、振興と近代化の道を歩んでいました。この事を踏まえ当時の国家情勢を加味して考えれば、国家機関の印刷局抄紙部に祀られる事は「お国」すなわち国家に祀られる事とほぼ同義です。

 このような経緯があって川上御前は国家機関に祀られ、わが国の紙業界の守り神として全国の洋紙・和紙業界から崇敬を集める神様となった。この事こそが「唯一」なのでした。


○「唯一」の解釈の変化
 大正12年はおよそ100年前です。この長い年月の間に先人の誰かが「日本で唯一の紙の神様」と言い始めた、もしくは何らかの出版物等に「日本で唯一の紙の神様」と書き記し、解釈のずれが起こり始めたと考えられます。年月が経つにつれ、解釈違いの「唯一」は又聞きの又聞き、引用の引用を経て、現在では当産地の人ですら「日本で唯一の紙の神様」と思い込んでしまった、と推測します。
 

○ まとめ
① 紙祖(紙の神様・水の神様・楮の神様・紙漉きを伝えた人物など)は越前以外の産地にも存在し尊ばれている。
② 国家機関の印刷局抄紙部に川上御前の御分霊がお祀りされる。
③ 国家機関に祀られる事は国家に祀られる事とほぼ同義。
④ 川上御前は国家機関に祀られた事で、わが国の紙業界の守り神として全国の洋紙・和紙業界から崇敬を集める神様となった。この事こそが「唯一」
⑤ 100年という長い年月を経る中で、当産地の人々の「唯一」の解釈が変化し「日本で唯一の紙の紙様」と思い込んでしまった。


- 参考文献
大蔵省印刷局発行「大蔵省印刷局百年史」昭和46年
印刷庁発行「佐伯勝太郎伝記並論文集」昭和27年
岡本村史刊行会発行「岡本村史」昭和31年

第二回は印刷局と越前の関係について更に掘り下げて行きたいと思います。

文責 (株)山路製紙所 山路勝海

紙の神様 紙祖神 川上御前